日本統治下における台湾キリスト教伝道

カイザルのものはカイザルに、神のものは神に

美しい島フオルモサ(台湾)のもうひとつの歴史
昭和11年11月22日 洗礼記念
手記 - 恵さんへ大変貴重な資料です 父より - から
Another History of Ilha Formosa.

<日本基督教団の中で>

 昭和21年6月26日の辞令により日本基督教団の正教師に復職した父は東海教区常置委員を2年、山梨分区長を6期12年務めた。ホーリネスの群れ中央委員会の委員として後輩の育成を心がけた。 甲府刑務所の教誨師として24年間奉仕した。父の戦後の伝道は苦労の多いものであったが、多くの人々からの励ましや喜びも与えていただいた。しかし、穏やかな終わりとはならなかった。娘である私が、父と同じように時代のうねりに直面し、「キリスト教の教師」となるための激しい戦いに直面してしまったからである。

 私は大学卒業後、献身し、東京聖書学校を卒業した。いよいよ日本基督教団の教師となるべき年を迎えたが、1960年代の大学紛争の嵐の中で日本基督教団は混乱し、卒業した年には教師検定試験そのものが中止となった。私は信徒伝道者の身分で父の教会に赴任した。
 教区の面接試験において教区長は開口一番「あなたはホーリネスの信仰に疑問を持ったことはないのですか。」と尋ねられた。私は驚いてはっきり答えた「ありません。」1970年代ですら、弾圧を受けた者とその子孫はあなどられていた。私は両親の信仰を「恥ずかしい」と思ったことは一度もなかった。

 試験は翌年再開された。ペーパーテストは従来と何ら変化はない。しかし、「信仰告白」に関して「二重の基準」が容認されていた。「イエスをキリストと告白できない者も切り捨てない」のだ。
 この試験を受験することは、私にはできなかった。教職になるための信仰のたたかいが始まった。最も親しかった先輩も「今日から友達ではないから。」と宣言して去っていった。歴史のどこかで有った光景が繰り返されている。いずれの日にか私の戦いを記す日も来るであろう。


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