日本統治下における台湾キリスト教伝道
カイザルのものはカイザルに、神のものは神に
美しい島フオルモサ(台湾)のもうひとつの歴史
手記 - 恵さんへ大変貴重な資料です 父より - から
Another History of Ilha Formosa.
戦後も高端荘先生、ポタル先生、隶朱塗兄、その他台湾伝道時代の信者の方々との交流は続いた。
昭和27年9月。 地域の人々に「キリスト教の精神に基づく保育をとおして伝道したい」との願いのもとに恵泉愛児園を開設した。
来訪されたポタル先生の黒い長いヒゲを見て、「あっ、黒いヒゲのサンタクロースがいる」と園児が驚いていた。隶朱塗兄は息子さんが献身して伝道者となられた。この大阪をも訪れた。呉天賜先生も10数年前、東成教会で礼拝説教をなされた。
ポタル先生の息子さん、呉先生とも親しい交わりが始まり、加えて台湾長老教会の牧師先生と交わりの輪が広がった。
花蓮港聖教会の会堂で、子供の頃遊んだ経験を持ち、林異雷先生の神学校の生徒であった牧師先生ご夫妻とも親しくなった。
さらに医師であり牧師でもあられる台湾出身の先生ご夫妻とも親しくなった。私は戦後に生まれ、両親の台湾伝道の時代を全く知らないが、このような者にも温かいお交わりをしていただき感謝である。
2001年2月27日 台北の教会で夫の博士号授与式が行われ、私は初めて台湾に行った。両親の愛した台湾の地に立つことはとても意義深いことであった。
木々も、花も美しい熱帯の色であり、一つ一つをしっかり目に焼きつけようと思った。梅の花が咲き、瓦葺の木造家屋は日本の統治時代を想像できるしっかりした建築物であった。
私はこの時、父の台湾伝道時代の記念写真のコピーを持参した。