日本統治下における台湾キリスト教伝道
カイザルのものはカイザルに、神のものは神に
美しい島フオルモサ(台湾)のもうひとつの歴史
手記 - 恵さんへ大変貴重な資料です 父より - から
Another History of Ilha Formosa.
1789部隊で中央山脈を越えたのは将校と小池と二人だけでありました。他の方々は列車で台北へ入りました。将校に伴われ、三点礁。(1894年に北白川宮能久親王が上陸なされた中央山脈)を越えて台北の軍司令部を訪問。古清水万太郎先生のご家族に面会。台北郊外の部隊に合流した。
やがて部隊内に新設された情報部に抜擢され、笠少尉、横川准尉、佐伯伍長、奥村兵長、小池一等兵で組織され、「極秘、機密の整理。ラジオの聴取。」
8月15日、「ポツダム宣言を受諾するに至れり」と悲痛に満ちたお声を拝聴いたしました。
終戦の年、8月某日1789部隊情報部に入った通達ですが
ピィリッピに於いて捕虜となった米軍兵士の言葉を他山の石として考慮すべきである。マッカーサー将軍はアメリカに於いても古今の名将であって、今は戦に負けてアメリカに引き上げたが、戦機がととのえたならば再びやってきますと語っています。人材は尊いので玉砕してはならない。テニヤン島の兵士の様に 昼は穴にかくれ 夜分は地の利を得て戦うべし。
との通達に戦前とは大きな変化でありました。
ポツダム宣言のチラシは米機からまかれ、台湾人より届けられており悲しいものでありました。
昭和20年9月1日 召集解除。2日帰宅した。