日本統治下における台湾キリスト教伝道
カイザルのものはカイザルに、神のものは神に
美しい島フオルモサ(台湾)のもうひとつの歴史
手記 - 恵さんへ大変貴重な資料です 父より - から
Another History of Ilha Formosa.
1941年(昭和16年)6月24日。日本基督教団台湾教区創立総会が台北市富士見町教会、上 与二郎先生の教会を会場として開催され、東京の本部より佐波 亘先生が代表として渡台されました。
花蓮港教会役員、及びポタル牧師と出席しました。終了後、富士見町教会の長老、台北帝国大学教授早川二郎先生から、
「小池先生、花蓮港の教会は立派ですねえ」
と初対面の私に話しかけられました。突然のお言葉に驚きながら
「いいえ、花蓮港の教会は御教会の煉瓦造りのように立派ではなく、トタン輯の貧弱な教会であります」
とお返事いたしました。
「建物のことを言うておるのではありません。台湾人も蕃人も来ておるでしょう。」
「ハイ、来ております。」
「私はそのことを言うておるのです。台湾伝道と言いながら教会は台湾人も蕃人もきておりません。内地人ばかりです。これでは台湾伝道と言うことはできません。」
と申されました。このようなお言葉は在台中、一度もおききしたことはありませんでした。
台北教会の会員の小池ヤス姉が花蓮港教会の礼拝に出席して、「小池先生、母教会より暖かな教会ですねえ」と語っておられましたが、心の温かさがあるようにと心がけておりました。
私は台湾人、蕃人の方にも平等に接し、合同前は日基、救世軍、組合教会の信者の方々が出席されましたが、教派にこだわらない交わりは楽しくありました。