日本統治下における台湾キリスト教伝道

カイザルのものはカイザルに、神のものは神に

美しい島フオルモサ(台湾)のもうひとつの歴史
昭和11年11月22日 洗礼記念
手記 - 恵さんへ大変貴重な資料です 父より - から
Another History of Ilha Formosa.

<松矢新吉御夫妻:手記>

 台東県新港街の公医、松矢新吉兄と奥様は地域の人々にも信望の厚い方々でありました。
 松矢ご夫妻とお交わりが始まって(月一回の巡回)、「きよめの恵」について教えて欲しいと求められ、三ヶ月目に明確な確信が得られました。

 花蓮港から150キロの道のり。9時間列車と1時間半のバス乗車。お交わりが始まって3年3ヶ月目の訪問の折、
 「小池先生。三年間先生を見てきましたが先生は廉潔な方ですね。もし先生個人でお入り用の場合は私の財の許す限り協力させていただきますから遠慮なくお話しください。」
 と親切な言葉をいただき感謝いたしました。
 中田監督は「地方に遣わされた時、金銭の問題、女性の問題に気をつけなさい。」と言われたことを思い起こしました。

 この時、内地の母は目の手術をひかえており「50円を送って欲しい」との連絡を受けていました。松矢さんの親切なお言葉に、のどもとまで「50円を貸して下さい」という言葉が出かかったのですが、言わずに帰宅しました。帰宅してから「先生ご自身の必要のためにお使い下さい。」とくださった袋を開けてみると、50円入っており、さっそく内地に送りました。本当に感謝でありました。

 松矢兄ご夫妻は引き揚げ後、新潟県にて御苦労なされたが、主の絶大な恵みによって川崎駅の裏通りに住宅を移築され、チャーチオブゴッドのシェルホン総理のよき協力者となり、自宅を御幸キリスト教会として献堂された。特別集会の講師として招かれた折、松矢さんご自宅に案内して下さった神学生は「松矢さんは僕たちのお手本です」と語られた。(写真 20

雑誌「ホーリネス」ホーリネスの群、に松矢夫人の証詞、チャーチ・オブ・ゴッド御幸キリスト教会が献堂されたいきさつが書かれている。

 この家は台湾から新潟へ引き揚げ開拓地に入植した時、雪に潰されない為にこのような柱を用いて建てましたが、此方に移築した時そのまま用いました」と太い柱について理由を語られました。・・・(略)・・・将来の見通しが立たない為、五年前に開墾地を売り渡すことになり、一万五千円で契約いたし、今日買受人が現金を持参すると言う日に電報で破約されました。祈っていった私どもの落胆は大きなものでありましたが、翌晩町から帰った人が、此の開拓地は自衛隊の演習地として買い上げが今日の国会で決定したという意外な話を聞かされました。私どもの開墾地は約百万円の保証金が交付され、此家を移築することができました。


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